「恵の丘」の由来

  1945年8月9日11時02分、長崎に原爆が落とされました。 純心女子学園も学徒動員で兵器工場で働いていた生徒214名が犠牲になりました。 ちょうどその時、朝早くここ三ツ山に開墾に来ていたシスター10数名は、 空から舞ってくる学徒動員の名簿や聖書の切れ端に、学園が破壊されたことを 察知し、すぐに帰って、倒壊した校舎の中から江角学長を救出し、工場で被爆した生徒たちの救助作業に掛かりました。ここ三ツ山に作業に出かけていた 10数名のシスター達がいなければ、純心女子学園の復興はなかったと言われています。 そして現在、長崎純心大学や原爆ホーム等福祉施設があるここ三ツ山を、 シスターたちは感謝の思いをこめて「恵の丘」(神様に特別なお恵みを頂いたところ)と名付けました。


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