[比較文化学科]比較文化学科で出来ること(その3)*教員(研究)紹介・長野 秀樹 教授(学科長)、(日本近代文学)

[比較文化学科]比較文化学科で出来ること(その3)*教員(研究)紹介・長野 秀樹 教授(学科長)、(日本近代文学)

「比較文化学科で出来ること」とは・・・
比較文化学科「独自の」特徴(メリット)として、最初から狭い意味での専門が決まってしまうわけではなく、ア・ラ・カルト式にいろいろ興味のある授業を受けてみて、自分の本当にやりたいことや取りたい資格を決めていくことが出来る、ということが挙げられます。
それで、「比較文化学科で出来ること」を知る為には、教員の研究の守備範囲を知ることから始めるのが一番分かりやすいので、以下に紹介します。各教員はそれを基盤に、関連する授業やゼミ(←3,4年生の時には、一人の教員について卒業論文を作成する)をもっているからです。

長野 秀樹 教授(比較文化学科学科長)(日本近代文学)

私の研究分野は大きく二つ。一つは(A)日本近代文学。もう一つは(B)手話です。

(A)日本近代文学の研究テーマはさらに二つに分けることが可能です。一つは①檀一雄、太宰治、坂口安吾などの第二次大戦後、活躍した「無頼派」の研究。もう一つは、②長崎と関係する原爆文学の研究。

(B)手話の研究は手話そのものの研究もありますが、手話を教える方法である手話教授法や高等教育機関における手話通訳者養成方法の研究などがあります。

(A)日本近代文学
① 「無頼派」文学の研究

 「無頼派」とは、昭和10年代に文学活動を始め、戦後の混乱期に一躍注目を集めた、幾人かの文学者のグループを指す言葉です。その特徴世俗的なルールに背を向け、人間の本質的な部分を考えながら、自由に深く人間を捉えようとしたところにあると思いますそして、彼らは戦争が敗戦におわり、戦前までの価値観が顛倒した社会に、大きく迎えられます。

 主なメンバーは先ほども述べた太宰治、坂口安吾、石川淳、田中英光、織田作之助。そして私が中心的に取り組んでいる檀一雄もこのグループに入ります。もちろん、彼らが「無頼派」というグループを組んでいたわけではありません。無頼という言葉とグループは似合いません。彼らはそれぞれに一匹狼でしたが、その文学的特徴を重ね合わせた時に「無頼派」という名称が生まれました。


②原爆文学研究

 昨年(2015年)は終戦から70年。そして広島・長崎にアメリカによって、原爆が投下されてから70年でもありました。被爆から70年が経過し、その体験を直接語れる「語り部」の人たちは、徐々に少なくなってきています。体験が風化されていくとき、それを補ってくれるのは、私たちの想像力です。

 直接、被爆体験のある作家たちが残した作品に原民喜「夏の花」、大田洋子「屍の街」、永井隆「長崎の鐘」、林京子「祭りの場」後藤みな子「時を曳く」などの作品があります。また、被爆体験がなくとも、被爆者の証言や記録などをもとに想像力を働かせながら書かれた作品に井伏鱒二「黒い雨」、佐多稲子「樹影」青来有一「爆心」などの諸作品があります。メディアを文字言語に限らなければ中沢啓二の「はだしのゲン」や丸木位里、俊夫妻の「原爆の図」、写真では東松照明や多くの報道カメラマンが残した作品があります。

 大江健三郎「原爆体験記」(昭和40年7月、広島市原爆体験記刊行会編)のあとがきの中に次の言葉を記しています。

 過去の苛酷な体験を、現在と未来において価値あるものの領域にくみいれることができたとき、はじめて、われわれは、自分のあじわった不幸をみずからつぐなうことができたと感じ、立ちなおり、自己回復する方途を見出すのではありますまいか。

 こうした力こそが文学や芸術の力なのではないかと思います。


(B)手話の研究

 小中学校の総合学習の時間などで、簡単な手話のあいさつや、手話ソングを学んだ経験を持つ人は多いと思います。手話はろうあ者の言葉です日本のろうあ者は日本手話を、アメリカのろうあ者はアメリカ手話を、中国のろうあ者は中国手話というふうにそれぞれの国のろうあ者は、それぞれに違う手話を使って暮らしています。

 それは、手話が音声言語と同じく、自然言語だからです。ろうあ者の多くは私たちが自然に日本語を覚えたのと同じように、両親やろう学校の先輩たちが使う手話を見て、自分も手話を使うことができるようになります。日本語を第一言語とする日本人に比べて、手話を第一言語とする日本人の数は少数です。しかし、二つの言語がそれぞれに、独立した対等な言語であることは間違いありません。でも、なぜか「国語」の教科書には日本語だけが収録されています。それが、私が手話を考える時の、スタート地点です。


[比較文化学科]比較文化学科で出来ること(その2)*教員(研究)紹介・小林 勝 教授・滝澤 修身 教授