[比較文化学科で出来ること](その4)*教員(研究)紹介・椎葉 富美 教授(日本古典文学、日本語学)、サイモン・ハル講師(神学、長崎キリスト教史)

[比較文化学科で出来ること](その4)*教員(研究)紹介・椎葉 富美 教授(日本古典文学、日本語学)、サイモン・ハル講師(神学、長崎キリスト教史)

「比較文化学科で出来ること」とは・・・
比較文化学科「独自の」特徴(メリット)として、最初から狭い意味での専門が決まってしまうわけではなく、ア・ラ・カルト式にいろいろ興味のある授業を受けてみて、自分の本当にやりたいことや取りたい資格を決めていくことが出来る、ということが挙げられます。
それで、「比較文化学科で出来ること」を知る為には、教員の研究の守備範囲を知ることから始めるのが一番分かりやすいので、以下に紹介します。各教員はそれを基盤に、関連する授業やゼミ(←3,4年生の時には、一人の教員について卒業論文を作成する)をもっているからです。

椎葉 富美 教授(日本古典文学、日本語学)

次のようなことを研究しています。

『源氏物語』の研究

 小学6年生の時、本を読むのが好きな私に、東京から遊びにきた叔父が、与謝野晶子訳『源氏物語』を持ってきてくれました。小学生へのお土産としては何とも不似合いですが、きらびやかな王朝絵巻の中で繰り広げられるストーリー展開のおもしろさに、まさに『更級日記』を書いた菅原孝標女の言葉どおり、「昼は日ぐらし、夜は目のさめたるかぎり(昼は一日中、夜は目が開いている限り)」夢中になって読みふけったものです。

 初めて読んだときから幾星霜、おそらくは『源氏物語』を書いた時の紫式部の年をすっかり越えてしまいました。不思議なことに何度読んでも、新しい感動・発見があります。二人の男性から愛される浮舟は女冥利に尽きるわ、と思ったのは遠い昔のこと。「身の程」を知る明石御方が、わが娘を紫上の養女とする悲しみを実感できたのはいつだったのか、別れの季節の美しさをしみじみと感じたのはいつだったのか、自分自身の人生が『源氏物語』とともにあったように思います。

 私のゼミ(3、4年生)では、平安時代に書かれた『源氏物語』を影印本(当時の文字、変体仮名で書かれた本)で読んでいます。巻一桐壺から読みはじめ、8年目を迎えた今年は巻七紅葉賀を読んでいます。『源氏物語』は紫式部の手による原本は残っておらず、沢山の異本が存在します。私たちは藤原定家が書写したとされる青表紙本をテキストとし、それらをもとに表記や語句の相違を比較して、少しでも紫式部の書いた原本に近づけるようにと頑張っています。ちょうど今読んでいる紅葉賀巻は、光源氏と藤壺の秘められた恋の場面で、ここはどう解釈するか、この時の二人の気持ちはどうだったのかと、毎回学年の垣根を越えて熱い議論が交わされています。学生たちが作成する資料は、とても時間がかかり大変ということですが、その中から卒業論文への手がかりをつかむことも多く、確実に力がついていることを実感しています。学生たちの思いがけない指摘が、私自身の新たな研究テーマにつながることもあり、この先『源氏物語』とどういう出会いをするのか、楽しみは尽きません。

『古本説話集』の研究

 恩師2人と教え子4人、計6人で『古本説話集』の研究をしています。平均年齢は、なんと60歳を越えています!(それも、嬉しいことに恩師お二人がお元気でいらっしゃるからなのですが。)

 『古本説話集』は、平安末期か遅くとも鎌倉初期には成立したと見られる説話集です。天下の孤本(ただ一つだけ伝わった本)で、長い間個人での所有が続いていましたが、1943年、ついにその存在が世に公開されました。70の説話が収められていることから、田山方南(たやまほうなん)氏により、『古本説話集』(古い時代の説話集)と暫定的に命名され、そのまま現在に至ります。

 恩師お二人は、50年以上『古本説話集』を研究され、私達教え子も10年前から研究に参加しています。一月に一度集まって(木曜会といいます)、輪番で担当者が発表しているのですが、研究はなかなか進みません。一月にやっと5行進んだというのはざらです。なんとか恩師がお元気なうちに、注釈書を出したいと思っているのですが、最終話第七十話にたどり着くのには、まだまだ時間がかかりそうです(現在第五十八話を読み進めています…)。

 4年前から、研究会での成果を論文にまとめてきたのですが、やっと今年、注釈書作業に入りました。一つ一つの語の意味を確認し、口語訳をし、注釈をつけていく。膨大な時間がかかっていますが、時を忘れるほど楽しい時間です。6人で議論すると、思わぬ発見があります。「三人寄れば文殊の知恵」といいますが、その倍ですから。

「国語科教育法」の研究

 高校に、26年間勤めていました。高校教員時代に、従来の教科書に飽きたらず、試行錯誤しながら古典作品の自主教材を作成しました。この教材によって、生徒たちに作品を丸ごと味わってほしいという思いからです。教科書で扱っている教材は、いずれも分量に制限があり、授業の最初にその作品の解説をし、生徒に期待を抱かせて授業に臨んでも、せいぜい10頁足らずで終わってしまいます。これではどんなにすぐれた作品でも、古典を読むことの楽しさを伝えることは難しい。私自身、大学時代に多くの古典作品を読み、こんなに面白いのかと思った感激は、今でも忘れることができません。

 その経験から、本大学に勤務してからは、教職を希望している学生たちに、自分が面白いと思った古典作品を教材として作成させ、その教材を使った模擬授業を実施させています。教材を作ることで、教える生徒の学習到達状況を知ることにつながり、さらには教材研究の深みも増しています。自主教材作成は、「国語科教育法」の有効な手段と考えています。


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サイモン・ハル 講師(神学、長崎キリスト教史)

 かの有名なアルバート・アインシュタインはこう言います。「人文科学系の大学の教育の価値とは、たくさんの事実を学ぶことではなく、教科書からは学べないような何かを考えられる力をトレーニングすることにある。」

 比較文化を学ぶことが、難しくかつ有意義でもある理由の一つとして、クリエイティブで柔軟な思考が要求されるというところにあるのではないでしょうか。もちろん、基礎的なことを知り、学んでいくことは大切なことですが、比較文化という領域は、単に受動的に事実を暗記するだけでは何も始まりませんし、面白くありません。どれだけ新しい視点を発見し、開拓していくか、まさにアインシュタインが言うような力が必要であり、柔軟な思考をトレーニングするチャンスを多く恵まれている分野なのではないでしょうか。

 大学で過ごす時期というのは、自分にとって興味のあることを発見し、それに対する情熱を育てるという、学術的な思考の萌芽と発育の時期であると考えています。それができれば、大学での時間は、非常に喜びにあふれた、その人のこれからの人生を大きく変えるような貴重な経験になり得るものです。教育者としての私の役割は、学生たちそれぞれが持つ学問に対する興味や情熱をうまくナビゲートし、手助けすることだと考えています。

 私個人の経験について少しお話しますと、自分が大学で神学という学問に出会ったことから、だんだんと日本のキリスト教史に魅せられていき、今では長崎のキリスト教の歴史を研究することが自分の一番やりたいことであることに気づいたのです。今もその研究とやりがいに情熱を感じています。私の最近の研究テーマは、ユネスコ世界遺産の候補として挙げられている歴史ある教会群に深く関係しています。長崎の教会群とキリスト教関連遺産の普遍的価値がより深く理解されるように、ロンドン、パリ、香港、マカオ、東京、そして五島列島にある図書館や教会を訪問し、調査研究を進めています

 調査研究の間に何度も私の心を打ったのは、長崎のキリスト教の歴史がいかに当時から「国際的」であり、時代を先駆けしたものであったかということです。キリスト教との出会いを機に、長崎はスペイン、ポルトガル、イタリア、フランス、英国、メキシコ、フィリピン、そしてマカオといった国々とつながりを持ち、歴史を築いてきました。その「つながり」の多くは驚くべきもの、大変興味を惹かれるようなもので、学生たちとそういった歴史を探求していくことは、とても有意義なものであり、私の喜びでもあります。

 本学ではシェイクスピアについての講義も行っています。私は学生時代に演劇や俳優養成のためのトレーニングを受けていた時期があります。(私の友人の中でも、英国で有名な俳優になった者もいます。学生の中にはマット・スミスやジェームズノートンを知っている人がいるのではないでしょうか。)そういった経験から、演劇にも大変興味があります。学生たちには、シェイクスピアの戯曲を演じることを味わってもらうために、ロミオとジュリエットやハムレットを教えています。また、英文学の中でのシェイクスピアの位置や、その功績と影響、ユニークな作品の数々を理解してもらえるように努力しています。

 教育活動とは別に、純心大学での私の役割の一つは、国際交流の機会を増やし、活発化させることです。留学生の数も少しずつですが増加傾向にあり、本学の学生が海外の大学に留学する機会も確実に増えてきています。そういった意味では、本学は大学としての新しいステージに突入したところと言っても良いかもしれません。学生たちには、「真に国際的な人間になるためにはどうしたらいいのか」ということを問いながら、表面的な「グローバル・スキル」に終わらないように私も日々挑戦しています。一緒に新しいことにチャレンジし、探求をし続ける姿勢を持って、学術的な好奇心をこれからも刺激し合っていきましょう。

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比較文化学科で出来ること(その3)*教員(研究)紹介・長野 秀樹 教授(学科長)、(日本近代文学)

比較文化学科で出来ること(その2)*教員(研究)紹介・小林 勝 教授・滝澤 修身 教授