[比較文化学科]比較文化学科で出来ること(その5)*教員(研究)紹介・浅野 ひとみ 教授(西洋中世美術史)、島田 佳代子 准教授(西洋中世哲学、西洋古代哲学)

[比較文化学科]比較文化学科で出来ること(その5)*教員(研究)紹介・浅野 ひとみ 教授(西洋中世美術史)、島田 佳代子 准教授(西洋中世哲学、西洋古代哲学)

「比較文化学科で出来ること」とは・・・
比較文化学科「独自の」特徴(メリット)として、最初から狭い意味での専門が決まってしまうわけではなく、ア・ラ・カルト式にいろいろ興味のある授業を受けてみて、自分の本当にやりたいことや取りたい資格を決めていくことが出来る、ということが挙げられます。
それで、「比較文化学科で出来ること」を知る為には、教員の研究の守備範囲を知ることから始めるのが一番分かりやすいので、以下に紹介します。各教員はそれを基盤に、関連する授業やゼミ(←3,4年生の時には、一人の教員について卒業論文を作成する)をもっているからです。

浅野 ひとみ 教授(西洋中世美術史)

私の「始まり」

 私の高校時代は、NHKの美術紹介番組、「日曜美術館」にはまっていました。今のように商業主義的なものではなく、作家の太田治子さんの控えめなもの言いによる作品紹介は画家の人となりを踏まえたうえで、視聴者とともに作品を鑑賞するスタイルを作り上げたという意味で革新的なものでした。その頃の私は、一言で言うなら山犬のようにすさんだ日々を暮らしていました。そして、絵だけが魂を癒す場となっていました。自分で描くことは早々に断念しましたが、その代わりに鑑賞にのめりこみ、展覧会では、体力の続く限りねばり、遠くは奈良まで一人で見に行き、展覧会ノートは大学に入っても続き、将来は美術評論家になろうと考えていました。

 「仏教の源流」展、「エゴン・シーレ」展、「三岸節子」展。どれも「日曜美術館」を介して知った世界です。「熊谷守一」は元祖癒し系の仙人のような画家でしたし、奄美の「田中一村」は幻想的な美しさに得も言われぬカタルシスを感じました。しかし、中でも衝撃的だったのは、瑛九(えいきゅう、1911-1960)という前衛画家の作品でした。

 瑛九の実際の絵を見ることになるのはしばらく後ですが、我が身を削るように「点」だけを執拗に描きこんでいくそのド迫力に肝をつぶしました。今では、あんな番組構成は実現しないでしょうけど、その時は彼の点描作品を時間軸に並べてこれでもかと小1時間見せられ、驚愕しました。瑛九の描く一つ一つの「点」は死期が迫るにつれ、どんどん小さくなり、死に向かって収斂、凝縮していく過程は、当時の不安定な私の心を強く揺さぶりました。忘れ得ぬ青春の一コマです。

 さて、その後、(ものすごく中略しますが)私は西洋美術史を専攻することになり、スペインのロマネスク美術、そして、最近ではキリシタン美術まで幅を広げ研究活動を続けております。

 長崎に流れついたのはまったくの偶然でした。美術史学科と違って比較文化学科では様々な課題に取り組まなければならず、最初は美術に強引に誘導していましたが、最近はテーマに関してはなんでも許容し、指導ではなく、マラソンの伴走のように、学生に寄り添って走り、いっしょにゴールを目指すようになりました

 そのようなわけで、テーマは、当然ながら種種雑多、多岐に亘ります。変な子供の絵が有名な「奈良美智」、「宝塚歌劇」、「アンパン」、「森」、「勾玉」、「クマモン」、「真珠」、「サンゴ」、「カワイイ」、「富士山」と、私のゼミは比較文化学科のブラック・ホールと言っても過言でないでしょう。今年は、「犬の殺処分」、「豆腐」、「赤不浄」、「ネコ」、「琴棋書画」(図1)、「日本刀」、「肉食」とますますカオスの様相を呈しています。

 これまでの卒論ゼミで印象に残っているのは、今大流行の伊藤若冲の《動植㝡綵絵》(図2)のプログラム論です。この作品はもともと相国寺(京都)にありましたが、宮内庁が購入し、その後、寺は火事にあって当時の記録がなくなってしまいました。わずかに中央の三尊像の両脇に鳳凰と孔雀の絵が置かれていたと伝わるのみです。30枚の掛幅は、季節、モチーフの大きさ、地上の生物、水生物、そして、それらが泳いで行く方向などに一貫したなんらかの法則性があるように私には思えてなりません。美術が好きだというSさんを「並べてみたら?」とたきつけて、ほぼ1年がかりで全体のオリジナル配置を復原してみました。もちろん、それが、あっているかどうかは誰にもわかりません。ただ、若冲の偉大さを改めて感じる発見がたくさんあって、とても楽しい思い出になりました。

 そして、もう一人、Mさんは、車の運転ができて、写真が好きで、絵を描くのがうまかったので、九州のキリスト教会のうちどれかを対象に取り上げましょうと持ちかけました。たまたま、私が東京から来る世界遺産研究会の建築と文化財研究グループのお世話をすることになり、彼女はその5日間のツアーに同行し、あらかたの教会を見てまわりました。海は荒れ、台風のような低気圧でどしゃぶり続き、鑑真のような苦労をして、チャーター船でおよそ40もの教会をめぐりました。大変でしたが、彼女はつぶさに写真を撮り、スケッチをして、今村天主堂をテーマにすばらしい論文を書きました。

 「私の始まり」について思い返してみると、生涯テーマは、高校生の時に芽吹いて、大学で深化を遂げ、その後、少しの変節を経て、今にいたっています。○○になるためにこれこれをする」、という実利主義が昨今世の中にはあふれていますが、実際のところ、人間は「ゆるい」部分が無ければ、たちどころに壊れてしまいます。「立ち止まってものを考える時間」、「役に立たないものを愛する心」がもう少しポジティヴに評価される時代がやってくるといいなあと思います。さ、あなたも比較文化ワールドへいらっしゃい!


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島田 佳代子 准教授(西洋中世哲学、西洋古代哲学)

人間として生まれる、人間に「成る」

「「人間とはいかなるものか。いずこより来たりていずこへ行くか。金色の星の彼方には誰が住むのか。」これは疑問の中の疑問である。非常に浅薄な、あるいは動物的な人でないかぎり、だれでも少なくとも一生に一度は、この疑問の答えを求めようとする。」

ヒルティの『幸福論』の一節です。子供の頃、何だかよく分からないながら、文語調のこの翻訳がなぜか心に残ったことを憶えています。私たち人間とはどういうものであって、何のために生まれてきて、何を目指して生きてゆけばよいのか、そして「この私」は、どういうものに「成って」いけばよいのか

簡単に答えの出ることではありません。一生出ないかもしれない。でも、真剣に考え「続ける」ことは、私たちを知らず知らずのうちに、善い方向へ変えていってくれます。自分が変わるだけでなく、周りにもその善さは波及していきます。

私たちが上記の問いを考える上で、「(本当の)真理・善・美」という言葉はキーワードになると思います。

そういう興味・関心の下、私の研究分野は以下のようなものです。
西洋古代(ギリシア)哲学者アリストテレス(前384-前322)と西洋中世哲学者トマス・アクィナス(1225~1274)との比較研究

アリストテレスについては「ギリシア語」で原典を、トマス・アクィナスについては「ラテン語」で原典を読み、研究しています。
(欧米の一流大学といわれるところでも、「ギリシア語」や「ラテン語」で原典を正確に読解する、というところはあまりなく、英語の翻訳で読んでいるそうです。)
ギリシア語やラテン語で原文を正確に読む、そして英・独・仏・日の現代語訳の訳者の解釈が妥当であるかを検討する、という手法は、日本の西洋古代・中世のセンター的な大学においてはとられており、それが欧米に比して日本の強みかもしれません

さて、なぜ、この二人を研究対象として選んだか、をお話しします。

ヴァチカンの中にあるラファエロ画『アテネの学堂』
中央向かって左側が、古代哲学者の一人プラトン。右側の若い方が、プラトンの弟子のアリストテレス。

「自然科学」においては新しいものがよいものかもしれません。例えば古書店で、古い「物理学」や「医学」の教科書・知識は時代遅れになっていて、売れません。
しかし、「哲学」や「倫理学」の分野においては、古代・中世の哲学者たちから、現代においても学ぶべきことはたくさんあります。

殊に、現代は、「悪い意味での」(=何をしようと個人の勝手、または時代・社会によってその共同体の構成員の都合で、善い・悪いが決められていい、いつでもどこでも当てはまるような善悪の基準などない、という)「価値相対主義」がはびこり、一生をかけて「本当の真理・善・美」を追求しようという発想が消えていってしまっているように思います。
その結果、自分さえよければいい、または共同体において大多数の人にとって利益になるのであれば、人道的にはどうか?と思われるようなことでもまかり通ってしまう、という現象も起こっています。

古代ギリシア哲学者のアリストテレスや、中世哲学者のトマス・アクィナスなら、そういうことにはっきりNO!といったと思います。
二人の思想に共通することは、人間はその生まれながらにもっている自然本性の中に、「普遍的(いつでもどこでもあてはまる)真理・善・美」が分かる心を持っている(「良心」)、
人間は理性をちゃんと働かせれば、普遍的真・善・美を追求することが出来る。
そして人間の一生の目的は、その追求を通しての人格的完成にある、ということです。

私は、①―(a)「倫理学」の面では、両者の「共通善(common good)」についての考え方の違いとその違いはどこから出てくるのかという問題
①―(b)「認識論」の面では、認識のどれだけがア・プリオーリ(先天的・先験的)でどれだけがア・ポステリオーリ(後天的)かという問題について、両者の考え方のどれだけが共通していてどこが違うかという問題について、現在研究
しています。

中世のトマス・アクィナスはカトリックの信仰を持っていますが、彼の偉いところは、彼以外の人の意見を、その人々がカトリックであろうがなかろうが、きちんと理性的・客観的に分析して、ここの部分はこういう点で自分も同意する、ここの部分はこういう点で足りないと思われる、という論の進め方をしたところです。
理性を働かせれば理解できるところは精一杯理性的に考える。その上で信仰によらないといけない点を主張する。

ですから、「理性を放棄する」ことは盲信・狂信になってしまうが、「理性を超える」というカトリック信仰がどれだけ素晴らしい実りをもたらすか、をトマスは語っているのだと思います。

カトリックの総本山、ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂

フィレンツェ、サンタ・マリア・ノヴェッラのドミニコ会(男子)修道院の回廊。
トマス・アクィナスもこういう回廊を黙想しながら歩いたのでしょう。

こういう研究内容に基づき、授業では「幸福」、「愛」、「正義」などのテーマを、またゼミでは哲学・思想、美意識に関するものなら何でも扱っています。
以下に卒論の主なものを
挙げておきます。

※「共生」についてーアリストテレスの「幸福論」ー
※ヴィクトール・フランクルにおける「苦悩」の意味
※他者のための祈りーカトリックの祈り
※古典芸能の美意識について――能と日本舞踊――
※胎児とヒト胚の「人格」について――人工妊娠中絶を倫理学的観点から考える――

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比較文化学科で出来ること(その4)*教員(研究)紹介・椎葉 富美 教授(日本古典文学、日本語学)、サイモン・ハル講師(神学、長崎キリスト教史)

比較文化学科で出来ること(その3)*教員(研究)紹介・長野 秀樹 教授(学科長)、(日本近代文学(無頼派・戦後文学・原爆文学))

比較文化学科で出来ること(その2)*教員(研究)紹介・小林 勝 教授(社会人類学)・滝澤 修身 教授(キリシタン史)