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学園の歴史

初代学園長 江角ヤス(1899~1980)

 学校を始めるには教育の経験を持つ優れた人材が必要であり、さらに修道会を設立するには深いカトリックの信仰を持ち同時に修道会入会の希望持っている人物が必要です。
 その頃、京都府立第一高等女学校で数学を教えているカトリック信徒の女性教師がいました。江角ヤスです。当時、日本で唯一女子の入学を認めていた東北帝国大学の理学部数学科を卒業していました。東北帝大に在学中、友人に紹介された一冊の本『キリストに倣いて』によって教会に導かれて受洗、より良く神様に仕えるために修道会入会を希望していたのです。このことを知った早坂司教は純心学園創立の熱い願いを述べた長い手紙を江角ヤスに送りました。江角ヤスは聖母マリアへの深い愛を持ち、仙台の教会のステンドグラスに描かれた26聖人の殉教画によって信仰の地長崎に関心を寄せていました。「長崎の地に聖母マリアを理想と仰ぐ学校を創立する」、このことに神様の招きを感じた江角ヤスは早坂司教の願いをためらうことなく受諾しました。早坂司教は江角ヤスと同志となった大泉かつみを4年間フランスに留学させて新しい教育事業の準備にあたらせます。二人はフランスのカトリック学校の視察をはじめ種々の研鑽を積んで1934年 6月 1日帰国します。
初代学園長 江角ヤス
初代学園長

江角 ヤス

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