7月4日(土)に第9回純心福祉実践研究会を開催しました。講師にノートルダム清心女子大学教授杉山博昭先生をお招きし、社会福祉学の歴史研究の立場から「社会福祉実践の根源の探求」というテーマでお話をしていただきました。
杉山先生は2007年に本学をご退職されて以来、19年ぶりにS205教室で講義を行われました。会場には杉山ゼミのゼミ生をはじめとする卒業生や、社会福祉実践に携わる現場の実践者の方々も多く参加してくださいました。
講演の内容
ご講演では、一番ヶ瀬康子先生をはじめとする社会福祉学の礎を築かれた諸先生方からの学び、浦上養育院や奥浦慈恵院、鯛之浦養育院(現・希望の灯学園)、長崎センタンファンス(現・マリア園)など日本の児童福祉の先駆が長崎のカトリック施設にあったことなど、わかりやすく説明していただきました。
また、ハンセン病をめぐる問題の焦点が隔離政策批判に終始していることにも触れ、なぜそのようなことになったのか、よかったこと、よくなかったことの両方から史実を検証する必要があることも説かれました。

杉山先生の研究姿勢からの学び
杉山先生はこれまで埋もれがちな「地方」の社会福祉実践に焦点をあて、光の当たらない人たちの小さな実践を掘り起こす作業を長年にわたり積み重ねて来られました。華やかな実践ではなく、歴史の中で埋もれてしまいがちな地域の実践や一人ひとりの営みに丁寧に光を当て続けてこられた先生の研究姿勢そのものが、社会福祉実践に向き合う誠実さを私たちに示してくださいました。その研究姿勢から私たちは、実践者として、教育者として、研究者として「何ができたか」ではなく「どうあったか」が問われているということを教えていただきました。
多様な課題を抱え目の前のことに追われ過ぎる現代社会だからこそ、「そもそも社会福祉とは何なのか」「先人たちはなぜ実践に取り組んだのか」と歴史を振り返り、社会福祉の原点に立ち帰ることが重要であると気づかされました。この言葉は決して強い口調で語られたものではありません。しかし、穏やかな語り口だからこそ参加者一人ひとりの胸に深く残り、自らの実践のあり方を静かに見つめ直すきっかけとなりました。

そして、それぞれの歴史研究を始めたきっかけや本学在職時の裏話もお話しくださいました。誠実さの裏に滲む先生のユニークな語り口に会場の参加者の方々は魅了され、あたたかなお人柄に癒された時間でもありました。杉山先生、ご講演、誠にありがとうございました。
参加者の感想
学生
- 社会福祉の制度や支援方法は時代に合わせて変化していくと学びました。現代は昔と比べて問題が多様、複雑化していますが、それについていくだけでは本当に大切なものを見失うのではないかと感じます。今学んでいることも将来変わっているかもしれないと考えると、何のために支援をするのかというあり方を忘れないために、自分で振り返る機会をとる必要があると感じました。私が何になって働いたとしても、違ったときには何のためにしているのか自分を見つめ直すことができる人になりたいと講演を聞いて考えました。
社会福祉実践者
- 学生時代は歴史を学ぶことは「必須科目」だからという感覚でしかなく、その意味について考えることができませんでしたが、卒業論文を通して学んだことや、そこでの出会い、さらに自分自身も実践を積み重ねてきた中で、先駆者の語る思いに共感したり、軌道修正してもらえたりという経験もあり、このようにして実践者の思いがつながっていくことに意味があるのではないかと感じました。実践の証を残すことの大切さも改めて感じているところもあります。私も杉山先生の社会保障論を受けていた一人です。裏話、面白かったです。
- 日々、仕事に追われる中、久しぶりにこのような講演を聞き、とても勉強になりました。地域の特性に合わせて、そこの地域の方が助け合って始めた小さな力が全国の先駆けになる。歴史を考えると、初めの一歩を踏み出した人って本当にすごいと思いました。今の自分に何ができるか、利用者様のために何を実践したらいいのか考えながら仕事に励みたいと思います。
何もしなければゼロなのよ。
小さくても、すればそこに何かが生まれるのよ。
人を喜ばせることができるのよ。
(純心女子学園初代学園長シスター江角ヤスの言葉)
担当:横山、吉本、佐藤、松永、井上







